- INTRODUCTION
- 一件の生糸問屋から始まった「うねり」。
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1887年、板垣退助や伊藤博文といった偉人たちが活躍したこの頃、神栄は生糸問屋として神戸に誕生した。以来、国内外を巻き込む"うねり"のように成長を続け、繊維業界をけん引。終戦後は他国・他領域の事業にも意欲的に進出し、1961年に"友好商社"の指定を受けた中国をはじめとする海外貿易や、繊維・電子・物資といった多様なビジネスを展開している。
そんな神栄の特徴の1つは、"創造力"にある。物を流通させて利益を得る"物流商社"としての機能だけではなく、付加価値を創造する"ものづくり商社"としてのスタンスが、3世紀を超えて成長し続ける原動力となっているのだ。
そのような、いわば神栄の"DNA"を象徴するのが『食品部門』だ。200品目を超えるラインナップが揃う冷凍食品を皮切りに、自社の持つ高い鮮度維持技術を活用した水産分野や、国内トップクラスの取扱量を誇る落花生を中心とした農産分野など、各分野で高い評価を受けている。
生産地と食卓を繋ぐ、神栄の食品部門。ここからは、そこで働く彼らのプロジェクトを追いながら、そのやりがいやハードルを見つめていきたい。
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PROJECT
STORY食品事業
プロジェクトストーリー
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- 国内外の産地と顧客を繋ぐ、神栄の窓口
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世界中に工場を持ち、国籍を超えた多くの人が関係する、神栄の食品部門。その始まりを担うのが、"営業"だ。フロントとして食品の輸入や加工および販売、市場開拓まで行うその仕事には、コミュニケーションが欠かせない。落花生ビジネスを扱う担当者として、中国を中心とした各地で価格交渉や契約の締結を行う農産部の渡邊久晃も、そんな現地とのコミュニケーションに苦労をした人間の一人だ。「神栄のビジネスは、時に中国の奥地にも展開します。
私が初めて中国出張に行った場所も、山東省の地方。中国語の知識はあったのですが、方言が強かったため言葉が上手く聞き取れず、悔しい思いをしました」。また、"挑戦心"も欠かせない。食品部の木場信太郎は言う。
「より多くの商品を世の中へ届けるためには、挑戦も不可欠です。
私自身、顧客への取り組みの幅を拡げるため、販売方法の仕組みそのものを創った経験があります」。時には泥くさいほどの行動力で世界を切り拓く、彼ら営業の活躍。そして、出荷の手配や書類の作成などでそれをサポートする事務職の支えが、神栄の食品部門を、そして全国の食卓を豊かにしているのだ。
- STORY02
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- 「食卓の安心」と「神栄の信頼」を担う、確かな目
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営業が取り組む販売・開拓といった分野とは別に、神栄の食品部門にはもう1つの役割を果たす職域がある。それが、品質管理だ。2009年に設立された"R&Dセンター"で、残留農薬や微生物の徹底した検査やクレームの対応、仕入先工場の監査まで担う彼らは、常に高い意識を持つ。食品部で品質管理を行う福井歩は言う。「私たちの仕事は、一歩間違えば会社の屋台骨を揺るがしかねない業務。プレッシャーもあります。ですが、その中で踏ん張り、安全を守ることが、やりがいでもあるのです」。
また、品質管理はスペシャリストとしての知識や技術が求められる一方で、管理責任者として指導する力も求められる。同じく品質管理に携わる榊原章仁は言う。「輸入前、一部の商品は社内で農薬や微生物の検査を行います。問題がなければ輸出許可を出すわけですが、まれに結果が良くない場合も。そうした際は、現地の工場に連絡をし原因を追及、今後の改善について指導をします」。
素材や原料を調達・加工し、冷凍食品をはじめとする様々な商品に変える営業が創るのが"食の豊かさ"だとすれば、それらを検査・確認し許可を出す品質管理が創っているのは"食の安心"。2つの職種が、神栄ブランドを支える柱となっている。これからも、全国の食卓と世界中の産地を繋ぐ"食の港"として、彼らの活躍は続くことだろう。