- INTRODUCTION
- ものづくりの種は、いつも市場にある
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神栄グループR&Dセンターでは、ある製品の開発プロジェクトが異例のスピードで進められていた。製品名は『TempView』。医薬品や食品の保管・輸送中の温度管理を効率的に行うデータロガー(一定期間測定したデータを記録する装置)である。小型かつ軽量で、工業分野向け温度計測技術と無線技術を応用し、スマートフォンなどの携帯端末からの遠隔操作にも対応する。翌年の販売開始に向けて、プロジェクトメンバーは急ピッチで各々の課題に取り組んでいた。
プロジェクトメンバーが開発を急いでいたのには、理由がある。電子機器メーカーである神栄テクノロジー(神栄株式会社の電子部門子会社)に、各種温度管理データの適正な測定・記録・管理に対応した製品であるデータロガーを求める声が寄せられていた。その中で、特に急務として求められていたのは-20℃での医薬品輸送の温度管理に対応するデータロガーの開発。極めて高い測定精度と品質が必要となる製品である。
これには、国内の品質管理手法の規格化という背景もあった。医薬品や食品を中心に、安全性を高める取り組みとして、製造現場から消費者に届くまでの流通過程における品質管理の厳格化が厚生労働省から求められていたのである。中でも医薬品に関しては、2018年に「医薬品の適正流通(GDP)ガイドライン」が定められ、医薬品の流通に関わる企業の多くが早急な対応を迫られる状況にあった。
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PROJECT
STORY電子事業
プロジェクトストーリー
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- 限られた時間で、最大限に出来ることを追求
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計測・試験機器事業部の一色宏昭は、今回のプロジェクトの営業担当である。GDPガイドラインの発行に加えて、食品衛生法の改正に伴う衛生管理手法の国際標準HACCPの義務化といった動向を受けて、データロガーの実用化は、品質管理システムに責任を負う産業界や物流業界だけでなく、医薬品や食品を手に取る消費者にまで安全安心を提供することができ、今後ますます需要は拡大していくと確信していた。
「今回の『TempView』の開発は、温湿度計測の分野で業界を牽引する当社においても新しい取り組みであり、特に医薬品輸送の温度管理については、前例が無くゼロベースから取り組まないといけない項目が多くありました。なおかつスケジュールも非常にタイトで、開発チームと顧客との調整には苦労しました」。本人がそう振り返るように、製品化までにはいくつものクリアするべき課題があった。ポイントとなったのは、実現すべきことと納期のバランスである。
顧客からは、製品に搭載する機能や仕様に関する要望が数多く寄せられる。もちろん、そのすべてに応えられれば何ら問題はないが、追加機能の数に比例して開発期間も長くなることが避けられない。多機能化を図れば図るほど製品リリースが遅れるというジレンマがあるのだ。一方で、機能を削り過ぎてしまうわけにもいかない。どこまでのリクエストに応えるべきか、納期との兼ね合いを考えた絶妙な位置での線引きこそが、プロジェクトの成否を分けるのであった。
シビアな交渉に臨むことになった一色。データロガーとしての基本性能やユーザビリティの部分で機能を削ってしまっては、製品としての完成度が低くなる。そこで目を付けたのは、『TempView』が一般的なデータロガーとは異なり、スマートフォンなど携帯端末のアプリで操作するという特徴であった。開発期間の短縮と顧客要望への対応を両立させるためにはアプリの仕様を見直す必要があると考えた。アプリを簡素化しながら顧客要望へ対応する、この相反する2つを実現するため、開発チームとの連携を深めながら顧客との打合せを繰り返し、粘り強く交渉と調整を重ねながら、スケジュール通りの全件納品完了を目指して、課題を1つひとつクリアしていった。
- STORY02
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- 発想の転換で、技術の壁は乗り越えられる
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営業面で難しい調整が続けられている一方で、開発チームも難問に直面していた。「製品自体は完成していました。しかし、顧客が指定した納期まで残り僅かという時点でも、安定供給には程遠い状態だったと思います」。そう語るのは、データロガーの校正責任者の永井祐介である。
校正とは、製品が正しく機能しているかどうかを確認・検証する業務である。同じ条件下でデータロガーを使って測定し、その測定結果が国家標準の基準値内にあることを顧客に証明しなければならない。特に今回の『TempView』のように、温度測定の限界に迫るような高精度な校正には、高度な技術とノウハウが必要とされる。
最大の課題となったのが、校正にかかる時間を短縮する方法の確立であった。そもそも温度測定の校正には、温度が安定するまでに一定の時間を要する難しさがある。今回は、限られた時間で、数百・数千という機器を校正する必要がある。この課題の解決に、すでに多くの時間を費やしていた。
一度に大量の製品の校正を、高い精度で安定して行うにはどうすればいいのか。納期が迫る中、1つのブレイクスルーが永井の中で生まれた。「それまでは空気から伝わってくる温度を測る方法を試していたのですが、液体に通すことでより安定して温度を伝える方法に切り替えました」。永井が用意したのは‐20℃でも凍結しない特殊な液体。思惑通りに大量の機器を安定して校正する方法の確立に成功したのだ。量産化の目処が立ち、予定通り温度データロガー『TempView』がリリースされた。そしてまさに今、市場への導入が急速に進み、医薬品輸送の品質が飛躍的に高まろうとしている。今後はこのプロジェクトにおける実績を基に、医薬品全般、食品などの保管・物流環境の改善を実現することで、より一層社会に貢献していきたいと考える。